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【世界遺産を訪ねて「中国北京旅行」 2007年1月27日〜30日】

1月27日(土)
同じ地域の同業者の計画する年に一回の旅行、海外は久々まして北京は初めてなので参加する事にする。
某旅行会社の格安ツアーに便乗しての旅となり、仲間は12名含めて30名程の団体となる。早朝からの出発となり、まだ夜も明けない自宅を、ベルもと姫に送られ集合場所に向かう。諏訪インターから乗車の参加者がいるので中央道を松本に、ところが此処でハプニングが発生!
なんと、ファンベルトが切れてバスが止まってしまったのだ。調度サービスエリアの前だったので助かったけど・・・・・
添乗員「代わりのバスが1時間程で来ます。」ということで、ゆっくり朝食となるが前途多難だ!

それでも、フライト前の1時間程前に無事成田空港に到着。慌しく出国手続を済ませ搭乗口に入る。時間が少しあったので、免税店でもと姫に頼まれた香水を購入「これでお土産はOKだ。」ついでに娘のお土産も購入する。以前家族で台湾に行ったとき、「開けて吃驚!」ばかりのお土産だったので、どうも此方のお土産は信用しないみたいだ。故に「お土産は要らないからね!」ときつく言われてきたので、今回は気持が楽だ。そう言えばあの時買った「ふかひれ」はまだ台所の片隅にそのまま置いてある、多分10年物になってるだろう(誰か料理方法教えて!)


成田空港で

便乗の中華航空
「北京まで後30分」の声で目が覚める。
4時間程のフライトで北京国際空港に到着する。すでに外は暗くなり夕方の7時頃。時差が1時間程日本より遅れるので日本時間で8時頃になるかな、入国審査は聞いていたより、比較的スムーズに済ませる。迎えのバスに乗り、ネオンの目立つ車窓を眺めながら早速レストランに向かう。

日本語の上手なガイドの張さんと記念写真を撮らせて頂く比較的辛い味付けの四川料理を食べ、紹興酒をザラメで飲む事にする。どうもこちらのビールは旨くない。なんだか栓を抜いて冷蔵庫に2・3日置いたみたいで、キリッとした喉越しが無い。

食事が終わると、早速店の女の子のお土産販売が始まる。最初は烏龍茶そして陶器、最後にブランド品のコピーを持ってくる。コピーにもランクがあって、 「これ、スーパーコピーだ!」と言うのには笑ってしまった。
初めての僕はすごく面白かったけど、やっぱりコピーはコピーだよね。日本人はブランド趣向だというのを心得ているのかな?
食事後屋台の賑やかな中心街「王府井」を散策してホテルに向かうが、此処でもハプニング!仲間の3人が戻ってこない。あちこち捜しても見つからない。多分デパートに入って出口を間違えると、とんでも無い場所に出てしまうので迷っているんだ。1時間程でやっと戻った仲間に遭遇、これでやっと眠れる・・疲れた!

北京国際空港

ガイドの張さんと

王府井の屋台で

1月28日(日)
朝7時のコールに目が覚め、シャワーを浴び同室のSさんと朝食に行く。お粥が好きなので中国の朝食は困らない。朝からピラフや中華は食べられない。張さんがにこやかに「ニーハオ」と挨拶してくれる。
今日の訪問場所は、最初は「天安門」そして「故宮」等と盛沢山だ。
ニュースで良く見る天安門広場を通り天安門に。「迷子にならない様、着いて来て下さい」張さんの説明を聞きながら、いよいよ
「ラストエンペラー」の舞台「故宮紫禁城」に入る。
大勢の多種多様の観光客に揉まれながら、映画でみた太和殿(たいわでん)の広場に・・が残念、改修の為すっぽりとシートで覆われその中心的な建物は見ることが出来ない。

天安門広場より

故宮へ牛門より入る

改修中の太和殿

内延へ

内延 千秋亭
太和殿から内延の乾清宮(けんせいぐう)をみて、景山公園に移動する。長い石の階段を登り故宮の見渡せる丘の上から逆光に煙る北京の街を見渡す。景山公園のあちこちで日曜日という事で、市民が輪になり歌を歌ったり踊ったりしている。若い人はあまり居ない、張さんに聞くと年金生活の比較的裕福な市民達だそうだ。

再度バスに乗り、皇帝が天帝に捧げる儀式の場所「天壇」に移動。故宮を中心に東西南北に4箇所あった壇の現在残る唯一なのが「天壇」だそうだ。建築的にも4本の柱で支える貴重な建造物。内を覗いて観たが暗くて良く判らなかった。
食事後、西太后が巨万の富を注いで再建した離宮「願和園」(いわえん)に行く。西太后が故宮から船で渡った西湖を模した昆明湖を前に広大な敷地に離宮(別荘)が拡がる。昆明湖はすっかり凍結し観光客が湖に降り、遥か沖まで歩いている。
とても全部は見れないので、728m続く長廊(回廊)の一部まで行って引き返す事にする。

それにしても西太后は清の国を滅ぼす程巨額の税金を注ぎ込んで・・と張さんに言ったら「そのおかげで、中国の立派な史跡が残った」と言われ、何故か妙に納得してしまった。もっとも食べもしない食事を4人家族の1ヶ月分も作らせ、その一部だけ食べるより、歴史に残る偉大な建造物を作る方がまだ許せるか。

景山公園から故宮を見る

歌う市民

天壇

凍結の昆明湖

願和園玉欄堂

長廊の前で

達筆な筆字で
北京市街地に戻り、北京ダックの食事を食べる。目の前で見せたダックは美味しそうな皮があったけど、食膳に少ししか出なくて、何か騙された様だった。格安ツアだからな・・・・・仕方ないか。
食事後、またもや昨夜とそっくりのお土産の販売。売り子に「昨夜と同じだよ」と言ったら、顔を歪めてガイドさんに文句を言っていた。ワイワイ言いながら、「雑技団」を観に行く事にする。まだあどけなさの残る団員達の妙技は面白かった。

北京ダック

食事風景

雑技団

雑技団皿回し

1月29日
今日は北京郊外100km程の万里の長城を訪ねる日、しっかり帽子を被り暖かい身支度で出かける。月曜日という事で道路は通勤ラッシュ状態、それにしても車の警笛を煩雑に鳴らす。日本なら間違いなく喧嘩になる。
中国では「通りますよ」という合図で、逆に「なんでホーンがあるのに鳴らさないの?」と聞かれてしまった。それにしても前に車が詰まっているのに、警笛を鳴らしてるのは疑問だな「どうみても後ろからあおっている」
先に明の皇帝の眠る「明十三陵」に立ち寄る。相変わらずバスを降りると「帽子!帽子!」とおばさん達がうるさく売りつける。
明の14代皇帝が国の予算2年分を費やして築いた「定稜」を見学する。地下27mに大理石の立派なアーチの稜に吃驚!
この定稜の建設が明の財政破綻を招き、やがては清に滅ぼされ時代が変換して行った。
バスの車窓に山が近づいてくると、遠めにも万里の長城が見えてくる。今回は司馬台の長城を見学することになっている。しっかり身支度して、行ける所まで行ってみる事にする。階段は良いけど坂道は苦しい。ゼイゼイ言いながら途中の長城まで到着。一段下がって遥か上まで続いているが此処でタイムリミット。


明十三陵の前で

定稜の入り口

定稜の内部

長城から

司馬台の長城

長城でピース

秦の始皇帝から200年架けて築いた、北の侵略を防ぐ為の長城。険しい山々を縫って延々と続きやがては渤海の海に沈む。風の強い中、暫くその時代に思いを馳せ景色に見とれる。何時かはこの西のはて「敦煌」に旅してみたいものだ。
北京に戻り、お決まりのお土産屋さんを訪ね最後の夕食を食べる。紹興酒で盛り上がり夜の散策に向かう。せっかくだから「京劇」を見ようということで希望者で行ってみる。独特の節回しの喋り方は、日本の狂言と似ている。隣をみると同室のSさんは鼾をかいて寝ている。やはり内容が判らないと何をしているのか意味不明だ。
最後の夜はホテルの部屋で宴会となり、酔いつぶれてベッドに戻ったのも覚えていない。!)


北方の山々を見る

京劇鑑賞

1月30日
午前5時の起床で、まだ暗いうちにバスに乗り空港に向かう。搭乗手続を済ませガイドの張さんと握手して別れて出国。
なかなか厳しい審査で、しっかりボディチェックをされた。時間がなく免税店も寄れず機上の人となる。長野までは、ほとんど旅の疲れで寝てしまった。

2008年のオリンピック開催もあり、急激に発展する北京。10年前に訪れたSさんは当時とあまりに変わった北京に吃驚。
社会主義国家でありながら、経済特区という事で段階的に資本主義を取り入れている。街を歩く若い女性のファッションも日本と変わらない。先日新聞に出ていた貧困の格差は、今回感じることが出来なかったけど、張さんの「地方の生活は決して楽でない」と悲しそうな顔が目に焼きついた。豊か生活を求めて都市部への流入も問題となっている。
海外旅行をして、いつも思うことは「その国の言葉を少しでも理解できたら」。今回、参加された年配の夫婦が、辞書片手に一生懸命中国語で会話をしているのに胸をうたれた。習うより慣れろか・・・・・


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